ASKAへの愛を語る4めぐり逢い〜黄昏を待たずに〜202号 58

PM 1:11'11

 こんにちは💖

11月11日。巷では「1111」を細長いものが並んだ様子に見立て、様々な「○○の日」があるようですね。上野動物園だと「1111」はこのあたりでしょうか。
#スマトラトラ #ハートマンヤマシマウマ

朝の『SCENE -Remix ver.-』 ダイジェスト公開告知エントリーありがとう🎵✨💓💝🙏🏼💝💗💗💗💗💗💋🌈


https://youtu.be/Byea78gbriI



早速聴きました💕🎵


ファン米で昨日の深夜に公開されていたみたいだけど、私は知りませんでした。


朝まで5日の「壮大なバラード」構想中で、現在も引き続き作業中です✨🎵💕💗


無事に視聴できてよかった💓💞💕🎵


TBSの「サンジャポ」&「アッコにおまかせ」ちらっと、紹介されましたね✨🙏🏼


番組内で、明日の「ビビット」で独占インタビューを放送予定と番宣していたので、より多くの方に視聴していただけるといいな💓✨


と、思っています。



啓介さんのギター楽しみです💓💓💓🎵🌈🍀✨


明け方から『GUYS』を繰り返し聴いています


名曲✨✨✨✨✨💖🌈




これからまだまだ作業です。


おしゃべりの続きは夜になりそうです。


また後でね🎵💖




💝愛する宮崎重明 様

いつまでもあなたと共にありますように

いつも二人が共に笑顔で過ごせますように



PM 1:23


16:51

ネットサーフィンで見つけたちょっとイイ話



糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの  https://www.1101.com/home.html#home

今日のダーリン

・しゃべっているときに、そのおしゃべりの内容が、
 どうもうまく転がっていかないことがあります。
 それは、合コンみたいな場面でもあるでしょうし、
 髪をカットされているときの会話なんかでもありますし、
 営業的なやりとりのなかでもあるでしょうし、
 講演だとか対談だとかのときにもあるでしょう。

 逆に、話がころころころころと、うまく転がっていって、
 みんなの興味が続いていくようなこともあります。
 とりとめもない話をしているように見えて、
 実はそれぞれが、話の行き先をたのしみにしているとか、
 たがいの疑問が生まれて謎解きがはじまってしまうとか、
 会話のリズムがおもしろくてやめられないとか、
 おしゃべりそのものがたのしいような時間です。

 おしゃべりの、おもしろいつまらないには、
 どういうちがいがあるのでしょうか。
 ぼくもそれなりに考えたこともあります。
 社交辞令みたいなものがやりとりされているだとか、
 一方的に相手の御説を拝聴させられているとか、
 あまりにも通り一遍の、だれが話しても同じ内容だとか、
 そういうものは、あんまりおもしろくないわけです。

 しかし、どれだけの話芸の達人でも、
 おもしろくない話をはじめちゃうことは、
 きっとあるんだろうと思えます。
 逆に、ふだんおもしろくない話をしている人にしても、
 ひょいっと話の渦の中心にいることもあります。
 そのときの話の内容だけでは、
 おしゃべりのおもしろさは決まらないように思います。

 会話、対話、おしゃべり‥‥なんと言ってもいいのですが、
 人が人となにかを話すというたのしみは、
 芸とか試合なんだと思ったらわかりやすくなります。
 つまり、おしゃべりは「PLAY」なんですよね。
 芸も試合も、ひとつの技を出しても、
 そのまま通用するとはかぎりません。
 ひとつの技が効かないなというとき、次の技、次の技と、
 代わりの話をすばやく繰り出せるか、それが問題です。
 それをできる同士のおしゃべりは、おもしろくなります。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
やっぱりおしゃべりにはその人が出ちゃう。怖いものです。


渡辺由佳里 YukariWatanabe  @YukariWatanabe 

話題になっている、トランプの「何を言っているのかわからない」発言は、日本人記者のほうに否があるのか?それともトランプが差別的なのか? そのあたりを体験を元に掘り下げてみました。|


トランプの「何を言っているのかわからない」発言の奥底にある差別意識 https://cakes.mu/posts/23181

渡辺由佳里
2018年11月11日
記者会見で、トランプ大統領が日本人記者の質問に「何を言っているのかわからない」と答えたことに対して、人種差別とみる人とトランプ氏の発言を擁護する人とで意見が割れています。アメリカ在住の作家・渡辺由佳里さんは、記者の発言が聞き取りにくかったのは事実だが、これがオバマ元大統領やヒラリー・クリントンなら理解できていただろうとし、この問題の背景にある無意識の差別心を指摘します。


日本人記者に対するトランプの発言は人種差別? それとも記者の発音が悪かっただけ?

中間選挙の結果が出た11月7日、トランプ大統領が記者会見を行った。そこでの日本人記者の質問に対し、トランプが「何を言っているのかわからない(I really don’t understand you.)」と言ったことが日米で話題になっている。

ビデオもあるが、状況を簡単に説明しよう。
日本人記者が「How do you focus on economic…」と経済について質問しかけたところでトランプがそれを遮って「どこから来たの?」と訪ねた。記者が「日本」と答えると、質問の続きを聞こうともせずに「シンゾーによろしく言っておいて。自動車の関税ではさぞハッピーだろうね」と横道にそれた。その後記者がもう一度「日本との貿易と経済問題ではどう焦点を絞るつもりですか? 日本に対してもっと要求しますか?(How do you focus on trade and economic issues with Japan? Do you ask Japan to do more?)」と質問を繰り返すと、トランプは「 何を言っているのか理解できない(I really don’t understand you.)」と言った。

これに対して、数多くのアメリカ人がツイッターで「すごく無礼で、恥ずかしい」、「気配りがない」、「人種差別だ」と嘆いた。なかには、「『お前の言うことは誰も理解できないぞ』と返してやればよかったのに」と言う人もいた。

むしろ私はトランプを擁護する日本人が多いことに驚いた。「あの記者の発音がひどすぎる」、「理解できなかったら、そう言ってどこが悪い?」、「あれを差別と言うほうがおかしい」というものだ。記者の英語力や能力を批判する意見もかなりある。

興味深い現象は、英語圏で何十年も暮らしている在外日本人には記者や彼の英語力を責める人がいないということだ。少なくとも、ソーシャルメディアで私がつきあっている在外日本人の間では「トランプは失礼だった」、「トランプの態度は人種差別を反映している」ということで意見が一致している。

なぜ英語圏で暮らす日本人と、英語を日常的に使わない日本人とでこんなに意見が違うのか? それを考えてみた。



オバマ大統領やヒラリー・クリントンなら理解できただろう

まず、件の日本人記者の英語の発音だが、日本人の英語らしくFocusのfがhに聞こえるし、聞き取りにくいのは事実だ。実際にトランプは何を言っているのか理解できなかったのだろう。だが、これがバラク・オバマ大統領やヒラリー・クリントンなら、たぶん理解できていたと思うのだ。

この違いは「心構え」と「体験」にある。

ニューヨークで生まれ育ったトランプは、ニューヨーク界隈で使われている「アメリカ英語」だけが純粋な英語であり、全員がその基準に合わせるべきだと思っているふしがある。先日彼が更迭したアラバマ州出身のジェフ・セッションズ司法長官の、もったりした南部訛りを嘲笑っていたことからもそれが伺われる。こういう考え方の人は、相手が言っていることを聞き取れなかったときに「自分にわかる英語を話すべきだ」と考える。

一方、多様性がある環境で育ったオバマ大統領や、ファーストレディや国務長官として最も多くの国を訪問したヒラリー・クリントンは、英語が「国際語」として使われていることを承知している。国際語としての英語で交流するときには、発音よりも内容が重要であり、相手を理解しようとする努力も不可欠だ。その「心構え」と「体験」があれば、異なる訛りでも理解できるようになる。

日本に住んでいたことがある私の夫は、あの日本人記者の発音がちゃんと理解できていた。日本訛りの英語に囲まれて何年も仕事をしていたので慣れているからだ。インド人の英語の訛りも強いことで知られるが、私が住む町の薬局はインド系の従業員が多いので、住民もそれに慣れて聞き直したりしなくなっている。多様な訛りの英語を話す人々と関わらなければならない政治家、特に「国の顔」である大統領は一般人よりも努力して当然である。それをしないのは怠慢だ。

また、オバマ大統領やヒラリーなら、たとえ質問が聞き取れなくても「I don’t understand you(あなたの言っていることはわからない)」とは絶対に言わない。相手を馬鹿にしているように聞こえるからだ。もっと礼儀正しい尋ね方をしただろう。

こういうときに使う礼儀正しい英語のフレーズはたくさんある。
「すみません。おっしゃることがよく理解できませんでした(Sorry, I'm not sure I understand what you mean)」「申し訳ありませが、もう一度質問を繰り返していただけますか?(Excuse me, could you repeat the question, please?)」「すみません。聞き逃しました。もっとゆっくり話していただけますか?(I’m sorry I didn’t catch that. Would you mind speaking more slowly?)」「聞こえませんでした。もう一度言ってください(I didn’t hear you. Please could you tell me again?)」など、いずれも「聞き取れなかった自分のほうに否がある」というニュアンスだ。



外国人、マイノリティに対する無意識の差別

とはいえ、トランプが「お前の言っていることはわからない」と口にしたのは、わざと無礼な態度を取ろうとしたのでも、差別のつもりでもないと私は思う。ただ、彼は根っこの深い部分で、有色人種を自分と同等に扱わなければならないとは思っていないのだ。このように、「わざと」ではなく、ふと出てしまう言動がその人の本音を露呈する。本人が気づいていない差別的態度が、偏見の根深さを示しているのだ。

この日、トランプは他にも2人の外国人記者(有色人種)に向かって「言っていることがわからない」と言ったが、私には十分理解できた。トランプが以前にアジア諸国との貿易交渉での訛りを笑いのネタにしたことからも、有色人種の外国人の話し方や訛りを見下しているのは事実だ。

南アフリカ出身で黒人と白人の混血であるコメディアンのトレバー・ノアは、早速自分の番組でこの記者会見をネタに使った。「トランプはアクセントがある人の言っていることが理解できないようだが、辻褄があわない。だって、メラニアと一緒に住んでいるんだろう?」とノアはジョークにしていたが、スロベニア出身で訛りが強いメラニアの英語がわかるなら、ほかの3人の記者の英語もわかりそうなものだ。



残念なことに、自分が持つ偏見や差別心に気づいていない人は、「見た目」が自分の印象や判断に影響を与えていることにも気づいていない。中間選挙後の記者会見でトランプが「言っていることがわからない」と返した記者はすべて有色人種だったが、メラニアは白人だ。

オランダ、イギリス、ドイツの血をひく白人の義母にもそういう癖がある。30年前に初めて会ったとき、私はイギリスでの生活を終えたばかりでまだイギリス英語を使っていた。イギリス英語とアメリカ英語では発音や綴りだけでなく、単語そのものが異なることがある。義母は、そういうときに幼稚園児に教えるような口調で、「Torch(イギリス英語の懐中電灯)は(松明を持つ仕草をして)これ。これはFlashlightと言うのよ」といちいち私の英語を訂正したのだが、義弟にオーストラリア人の恋人ができたときにはまったくそれはしなかった。義母は、自分と似たタイプの背が高い白人の彼女の英語は、「異なるバージョンの英語」としてすんなりと受け入れることができたのだろう。これ以外にも、義母には「わざと」の差別ではなく、本人も気づいていない白人優越主義的な思い込みがあり、それがときどき言動にひょっこり出てくる。悪意がまったくないとはわかっているが、無意識に差別されるマイノリティのほうはちゃんと傷つく。


英語圏に住む日本人が日本記者の英語に寛容なのは、こういった苦労をしてきたからだと思う。安全な場所から「発音が悪い」、「下手くそだ」とけなす人にいちいち注意を払っていたら、英語は上達しない。恥をかきながらも、見下されながらも、悔し涙を流しながらも、質問をし、意見を言い、理解してもらう努力を繰り返さないと、ビジネスや日常生活でコミュニケーションを取れる英語は獲得できない。だから彼らは、失敗しても、馬鹿にされても、平然と発言できる分厚い面の皮も育ててきたのだ。だからこそ、在外日本人は(かの日本人記者を含めて)恥をかくのを覚悟で発言する人をけなしたりはしない。


記者会見の出来事から日本の人に考えてほしいのは、トランプや記者のことよりも、日本での「寛容」と「礼儀」についてだ。

日本人は「礼儀正しい」ことを誇りにしている。だが、私が日本に住んでいたころに交流していた日本在住の外国人たちは「日本人は、自分の知り合いには非常に礼儀正しいが、知らない人には失礼であったり、冷たかったりする」と語っていた。公の場で接するすべての人に対しては寛容ではないし、優しくもないというのだ。

日本人が寛容ではない対象は、日本語がよくできないアジアからの旅行者だったり、赤ちゃん連れで電車に乗るおかあさんだったり、車椅子の人だったり、耳が聞こえない人だったり、太っている人だったりする。自分を「ふつうの日本人」とみなす人々は、「自分とは異なる」人を見下したり、迷惑だと感じたり、嘲笑ったりする傾向がある。テレビではそれが堂々と「お笑い」として消費されている。

それは、有色人種を見下し、白人以外の移民を排除しようとするトランプがやっていることと、根っこは同じようなものだ。

ツイッターのTLに流れる多くの意見を読みながら、これは自分の根っこをじっくり眺める良い機会かもしれないと思った。




PM 5:05


19:00



PANORAMA STORIES http://www.designstoriesinc.com/panorama/maho_mizoguchi_stelz6/


ふたつの言葉の間で大きくなっていく君はPosted on 2018/11/10溝口 シュテルツ 真帆 編集者、エッセイスト ドイツ・ミュンヘン

1歳を過ぎた娘が、少しずつおしゃべりをはじめた。

ママ、パパ、ドウゾ、バイバイ、ワンワン、カアカア、バナナ……「あ、これは今日初めて言ったかな」とまだ不明瞭な言葉を拾い上げるのは、なんともうれしい瞬間だ。

ふたつの言葉の間で大きくなっていく君は
(一日中、ぽよぽよ、ぴゃあぴゃあ、言葉にならない言葉を発し続けている)


現在の我が家の「共通言語」はドイツ語だが、やはり娘とは日本語で話がしたい。現在の言語教育学では、子どもに対しては「一人一言語」かつ「母語で話すこと」が提唱されていると知ったこともあり、私は日本語で、ドイツ人の夫はドイツ語でとそれぞれ統一して娘に話しかけるようにしている。
(「君たちふたりの話していることがわからないのは嫌だ」と、夫が再び日本語の勉強をはじめたのも思わぬ副産物!)

このように我が家は2ヶ国語でことはシンプルだが、例えば同じアパートに住む隣人はチェコ人の母親とイタリア人の父親の間に3歳の男児がいる家庭。家での共通言語のイタリア語、母親のチェコ語、そしてドイツ語の3ヶ国語が飛び交うが、子どもとは恐るべきもので、すでにそれぞれを上手に使い分けている。イタリア語を話すときだけ、メロディアスに身ぶり手ぶりがつくのも可愛らしい。

ほかにも、日本人の母親とチュニジア人の父親の間に1歳の男児がいる友人家族は、両親の母国語(日本語とアラビア語)に加えて、夫婦の共通言語の英語、そしてドイツ語と実に4ヶ国語だ。子どもの将来は世界を飛び回る商社マン(担当は石油)……なんて思ってしまうのは安易な想像に過ぎるだろうが。

娘が発する言葉は、基本的に日中は私がひとりで面倒を見ていることもあり、冒頭のようにまだ日本語が中心。はっきりとわかるドイツ語は「アワ(痛い)!」くらいだ。

ふたつの言葉の間で大きくなっていく君は
(絵本も日本語とドイツ語、自然と両方が集まってくる。
娘は当然両言語の区別なく、気の向くままに手に取って眺めている)


ところで、そうやって娘の言葉を観察するなかで、面白いことに気がついた。

動物が好きな彼女らしく、いち早く「ワンワン」が口から出てきたが、義母の飼い猫を指差しては「ワンワン!」、絵本の牛やヤギを指差しては「ワンワン!」。その度に「ワンワンじゃなくてニャアニャアだよ」「違う違う、モーモー、牛さんだね」と訂正していたが、途中でははあ、と合点がいった。「この子にとっては”四つ足で毛むくじゃら”なのが全部”ワンワン”なんだな」。

つまり、彼女は「犬」という分類の前に、大きく「陸の哺乳類」を把握したのだ。試しに絵本のカエルやヘビ、魚などを見せてみると「これはワンワン……ではないようだ」というような顔をして黙り込んでしまう。

ちなみにキツツキもクロウタドリも(両方ともドイツではよく見かける)ニワトリも鳥類は全部「カアカア」。カラス単体のことではない。

彼女にとって、ワンワン=動物、カアカア=鳥の法則に気づいたところで、もうひとつの言葉「パパ」にも思いが至った。

娘は夫に向かって「パパ!」と言うが、道ゆく人にも「パパ!」、雑誌の人物にも「パパ!」と嬉しそうに指を差す。「パパじゃないパパじゃない」と笑っていたが、これはどうやら見間違えをしているわけではなく、つまりはパパ=人。「誰かいるよ!」と一生懸命に伝えようとしていると思うと、なんともいじらしいではないか(ざっくりとまとめられてしまって、夫にとっては忸怩たるものがあるようだが)。

ふたつの言葉の間で大きくなっていく君は
(動物の観察が日課。近くの農場のカアカア(鶏)の前で動かなくなってしまった娘)


人がいる。動物がいる。鳥がいる。なんというか、人が世界を認知していく過程を見ているようで、眩しいような気持ちになる。これから、この子はどんな風にふたつの言葉を使って、どんな風に彼女の世界を説明してくれるのだろう。

ちなみに、「ママママ!」も……私に向かってばかり言うのできちんと「母親」だと認識しているのかと思いきや、夫にも稀に言うところをみると、おそらくこれは「甘えたいときの言葉」。転んで痛いとき、眠いのに眠れないとき、おもちゃを取り上げられたとき……「マ」の音を出して泣けば、自分の願いが満たされると思っているという感じだ。

「君はちゃんと大事な言葉を知ってるんだねえ」

そう言っても、娘はきょとんとこちらを見上げるばかりだけれど。

娘に2ヶ国語環境の負担を強いることに申し訳なさがないわけではない。それでも、日本語とドイツ語の「両翼」で、この先訪れるであろうさまざまな障壁を軽々と飛び越えていってほしいと願う。




【追記 1 】 2018-11-12 11:11

 
糸井重里が毎日書くエッセイのようなもの

今日のダーリン


・絵を描く人が、たとえば、
 オレンジ色が見えている夕日のようなところに、
 ちょっとだけ青い絵の具の筆跡を加えていたりする。
 え、そんな色があったのか、と見た人は思うのだけれど、
 それがなかったら、きっと絵はちがって見えたはずだ。 
 そんなふうなことはよくあるもので、
 たのしいことがあるときに、ほんのちょっぴりでも、
 悲しいことがなかったら、こころに残りにくい。
 それは、あきれるばかりに明るく見えている
 赤塚不二夫さんのマンガなんかにもあるわけだし、
 落語のなかにも暗さや切なさが混じっている。

 仔犬の写真をたくさん撮っていると、
 かわいいばかりでない表情がそれなりに混じってくる。
 うちの犬の目は、まわりが黒くなっているものだから、
 ふつうに見ているとパンダと同じかわいらしさに見える。
 でも、見る角度や距離によっては、
 猛禽類の鷹の目のようにも見えるのである。
 どっちがほんとうということではない、
 パンダであり、猛禽類であり、仔犬なのである。

 まだなにか邪なことを企んでいるはずもない
 生まれたばかりの赤ん坊にしたって、
 ただあどけないだけだと思ったら大まちがいで、
 いのちを止めてしまわないように、
 休みなく心臓の太鼓を打っているし、
 血管の網の目は赤い血を走り回らせている。
 両親のどちらに似ているにしても、
 そのことが背負っているうれしさも悲しさも
 まるごと引き受けて生きているはずだ。

 ひと色のものなんかない。
 そのことを否定するかのように、例えばブルーナ
 「うさこちゃん」たちはシンプルな原色で、
 世界を表現して見せるのだけれど、それは、
 ほんとうはすでに悲しみを知っている大人による、
 ひとつの夢の描き方なのである。

 花という文字を見て悲しくなる人もいる、その花を、
 わたしたちは、またちがう目で見ている。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
今日から中国。ほぼ日手帳の「お礼行脚」に行ってきます。



【追記 2 】 2018-11-12


Chage https://ameblo.jp/chage-blog/entry-12418315565.html



2018年11月11日

年に一度きりの「オール1」
11月11日。

11月生まれの皆さん

VIVA!Chappy Birthday!!
で、
ございます。

それではクリ部の

晩秋の展覧会をどうぞ!

素敵な365日をお過ごしください。

本日、晩秋の公園に行ってきたので
ぼくもクリ部に出展します。


明日は12月のライブの全体ミーティングです。
素敵なセットリストが出来上がりましたので
楽しみにしていてください。VIVA!!



【追記 3 】 2018-11-12


BGM



THE BEST OF ME / DAVID FOSTER ダイジェスト アルバム試聴 https://www.youtube.com/watch?v=kUsZWgIbPE0



19:03


22:46

こんばんは💞

『SCENE2 -Remix ver.-』

の、ダイジェストです。

https://youtu.be/Y_TKkHcmB18



お忙しいのにありがとう💗💗💗💗💗💝💓🙏🏼💝



あなたのソロアルバムで初めて入手できたのがこのアルバムでした💓


それに、ハイレゾで帰ってきてくれた💕🍀🎵


ありがとう💕🍀🍀


明日は大阪入りですか?


今夜ははやくベッドへGOしてね💝🙏🏼💝


私は、今夜もひきつづき作業予定です。


そして明日は8時からビビットを観なくては💓💓💓💓💕✨✨✨✨🎵


 また明日ね🎵🌈💞✨💗💗💗💗💗



💝愛する宮崎重明 様

 
今日も笑顔ですごせました。ありがとう🎵💕



 「いつか行く道」 https://youtu.be/jOegTv3a2h4


いつまでもあなたと共にありますように

いつも二人が共に笑顔で過ごせますように




PM 11:55